スポーツ教育

アニメ・メジャーがおもしろい。
スポーツ作品にありがちな誇張があまり見受けられず、「野球とは」という根本的なテーマを真摯に描いている。
野球未経験者には、野球の楽しみ方を伝え
野球経験者には、野球のおもしろさを再発見させる。
NHKで一挙再放送中。


MAJOR - Wikipedia



スポーツを題材にしたマンガ・アニメに求められる重要な要素は「リアリティ」である。
この要素が、実際にそのスポーツをやっている読者層への訴求力を左右する。


スポーツマンガは「スーパースポーツ」になりがちだ。
主人公が才能ある人間なのは物語を成立させる上で不可欠な要素であるので論争の余地はないだろう。
巨人の星』『キャプテン翼』『テニスの王子様』をイメージすると分かりやすい。
スーパースポーツに共通するのは「技」だ。
例を挙げればキリがないほどに「スーパースポーツ」として展開してきた。
これらは、現実との乖離を楽しむフィクション作品としては消費されるが、そのスポーツと読者との距離をつくってしまうことは否めない。


リアルスポーツとはなにか、それは「技」の封印である。
「得意技」はあっても「必殺技」はない。
リアル路線の転換期として『スラムダンク』は革命的だった。
バスケをしたくさせる。
マンガに「リアリティ」を描くことは難しいが、その対価として、読者に感動をダイレクトに伝えることができる。
リアルスポーツは、題材となったスポーツをも振興させる。


スポーツ漫画 - Wikipedia



去る12月23日、イチローが「いじめ問題」について言及した。
日刊スポーツは『イチロー「いじめ」で異例のメッセージ』という見出しを付けた。
また、ネット上ではイチローのメッセージに対して批判的意見が存在する。
これらには「イチローがいじめ問題に対して口出しするのはどうか?」という意味合いが強く感じられる。
これが何を意味するか。
スポーツによる教育意識の欠如である。
「いじめ」は、社会学者や教育学者による議論や学校教育で無くなるものではないはずだ。
部活や集団スポーツによって養われる教育もある。
それらは、ただスポーツをうまくやるだけの集団になってしまっていないか。
それらの教育的側面を見直さなければならない。
無論、そこにも「いじめ」は存在する。
特異な才能を持つイチロー
それ故、妬みによる「いじめ」の被害者になることもあっただろう。
そのイチローが、それでも言わざるをえなかった言葉の意味を反芻しなければならない。
「スポーツはプロにならなければ意味がない」、「スポーツ選手は社会への発言権がない」とする風潮の台頭は、スポーツそのものの衰退と教育の欠如を意味するように思えてならないのだ。


みんなもこの先、いじめている人やいじめられている人を見たら『一緒に野球をやろうよ。体を動かして遊ぼうよ』と声をかけてもらいたい。優しさと勇気が必要だけど、そういう大人になってもらいたい。それが僕からのお願いです

                     イチロー杯争奪学童軟式野球大会にて